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2026.03.11 腸内細菌

Bacteroides-associated NAD⁺ depletion correlates with exacerbated radiation-induced colorectal injury and impaired mucosal proliferative capacity.

Bacteroides-associated NAD⁺ depletion correlates with exacerbated radiation-induced colorectal injury and impaired mucosal proliferative capacity.

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放射線治療は、がん治療において非常に重要な役割を果たしますが、その一方で避けられない副作用も存在します。特に、骨盤領域への放射線治療を受けた患者さんの多くが経験するのが「放射線直腸炎(RP)」と呼ばれる合併症です。これは、直腸の粘膜が炎症を起こし、痛み、出血、下痢、排便困難といったつらい症状を引き起こし、患者さんの生活の質を大きく低下させます。しかし、なぜ一部の患者さんで症状が重くなるのか、その詳しいメカニズムはこれまで十分に解明されていませんでした。今回ご紹介する研究は、この放射線直腸炎の重症度と、私たちの体内に住む「腸内細菌」との間に驚くべき関連性があることを明らかにし、新たな治療法開発への道を開く可能性を秘めています。

🤔 放射線直腸炎とは?知られざる腸内細菌との関係

放射線直腸炎(Radiation Proctitis: RP)は、子宮がんや前立腺がんなど、骨盤内のがんに対する放射線治療後に起こる直腸の炎症です。治療後すぐに現れる急性期のものと、数ヶ月から数年後に現れる慢性期のものがあり、症状は軽度なものから、日常生活に支障をきたす重度なものまで様々です。これまでの研究では、放射線の線量や照射範囲、患者さんの基礎疾患などがリスク要因として挙げられてきましたが、個々の患者さんでなぜ重症度が異なるのか、その背景にあるメカニズムは不明な点が多かったのです。

近年、腸内細菌叢(腸内フローラ)が私たちの健康に深く関わっていることが明らかになり、様々な病気との関連が注目されています。この研究では、放射線直腸炎の重症度もまた、腸内細菌のバランスや、それらが作り出す代謝物(体内で生成される物質)によって左右されるのではないかという仮説に基づき、詳細な解析が行われました。

🔬 研究の目的と方法:腸内環境を徹底解析

この研究の主な目的は、放射線直腸炎の重症度を決定する要因として、腸内細菌叢とその代謝物がどのように関わっているかを明らかにすることです。研究チームは、以下の方法で多角的にアプローチしました。

患者さんのデータ解析

  • 対象患者: 骨盤領域の放射線治療を受ける患者さん55名を対象としました。
  • サンプル採取: 治療前に糞便サンプルを採取し、腸内細菌叢の構成(マイクロバイオーム)と、腸内細菌が作り出す代謝物(メタボローム)を詳細に分析しました。
  • 重症度分類: 患者さんを、放射線直腸炎の症状が軽度であったグループと、重度であったグループに分類し、それぞれの腸内環境の特徴を比較しました。

多層オミクス解析

「多層オミクス解析」とは、ゲノム(遺伝子情報)、プロテオーム(タンパク質情報)、メタボローム(代謝物情報)など、複数の生体情報を統合して解析する手法です。この研究では、特に腸内細菌の遺伝子情報(マイクロバイオーム)と、代謝物情報(メタボローム)を組み合わせることで、腸内細菌がどのような代謝経路に関与しているかを深く掘り下げて調べました。

マウスを用いた検証実験

患者さんのデータから得られた知見が、実際に病態を引き起こす原因となっているのか(因果関係があるのか)を検証するため、マウスを用いた実験が行われました。

  • 糞便微生物叢移植(FMT): 重症RP患者さん、または軽症RP患者さんの糞便微生物叢を、無菌のマウスに移植し、その後放射線を照射して、直腸の損傷の程度を比較しました。
  • 特定の細菌の投与: 患者さんのデータで関連が示唆された特定の腸内細菌(バクテロイデス菌)をマウスに経口投与し、放射線照射後の直腸の損傷や、体内の代謝物の変化を調べました。
  • 栄養補助物質の投与: 腸内細菌の代謝経路に関連する栄養補助物質(ニコチンアミドモノヌクレオチド:NMN)をマウスに投与し、その効果を検証しました。

💡 研究で明らかになった主なポイント

この研究により、放射線直腸炎の重症度と腸内環境の間に、いくつかの重要な関連性が発見されました。主要な結果を以下の表にまとめました。

項目 軽度RP患者の特徴 重度RP患者の特徴 解説
腸内細菌叢の構成 ファーミキューテス門が豊富 バクテロイデス目(Bacteroidales)が豊富 重症の患者さんでは、特定の種類の腸内細菌(バクテロイデス目)が多い傾向が見られました。
NAD⁺レベル 糞便および直腸組織で高レベル 糞便および直腸組織で低レベル NAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド:細胞のエネルギー生産や修復に不可欠な補酵素)という重要な代謝物が、重症患者さんで減少していました。
微生物の代謝遺伝子 ニコチン酸/ニコチンアミド代謝遺伝子が少ない ニコチン酸/ニコチンアミド代謝遺伝子が豊富(主にBacteroides ovatus, B. xylanisolvens, B. fragilis) 重症患者さんの腸内細菌は、NAD⁺の材料となる物質を分解する遺伝子を多く持っていました。
マウス実験(FMT) 直腸損傷が軽減、NAD⁺レベルが維持 放射線誘発性直腸損傷が悪化、直腸NAD⁺が減少 重症患者さんの腸内細菌を移植されたマウスは、放射線による直腸の損傷が悪化し、NAD⁺も減少しました。これは、腸内細菌が症状の悪化に直接関与している可能性を示唆します。
マウス実験(Bacteroides菌投与) – 直腸損傷が悪化、NAD⁺が減少 バクテロイデス菌を直接投与したマウスでも、同様に直腸損傷が悪化し、NAD⁺が減少しました。
マウス実験(NMN補給) – 直腸損傷が軽減、NAD⁺が回復 NAD⁺の前駆体(材料となる物質)であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)を補給すると、直腸の損傷が和らぎ、NAD⁺レベルも回復しました。
メカニズム – ミトコンドリア機能低下、Lgr5⁺幹細胞減少、Wnt経路調節異常 バクテロイデス菌は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの機能を低下させ、腸の粘膜を再生するLgr5⁺幹細胞(腸の幹細胞の一種)の働きを妨げることが示されました。NMNはこれらの悪影響を打ち消しました。

🧐 考察:なぜバクテロイデス菌が症状を悪化させるのか?

この研究で最も注目すべきは、重度の放射線直腸炎患者さんの腸内で「バクテロイデス目」の細菌が豊富であり、これらの細菌が体内の重要な代謝物であるNAD⁺を減少させている可能性が示された点です。

NAD⁺は、私たちの体内のあらゆる細胞にとって非常に重要な役割を果たす補酵素です。細胞がエネルギーを作り出す過程(ミトコンドリア機能)や、DNAの修復、炎症反応の調節など、生命維持に不可欠な多くの生化学反応に関与しています。特に、放射線によって損傷を受けた直腸の粘膜細胞が再生・修復するためには、十分なNAD⁺が必要とされます。

研究結果は、重症RP患者さんの腸内に多いバクテロイデス菌が、NAD⁺の材料となる物質を分解する遺伝子を多く持ち、結果として体内のNAD⁺レベルを低下させていることを示唆しています。NAD⁺が不足すると、直腸の粘膜細胞はエネルギー不足に陥り、放射線による損傷を修復する能力が低下します。さらに、腸の幹細胞であるLgr5⁺幹細胞の増殖が妨げられ、粘膜の再生がうまくいかなくなります。これにより、放射線による損傷が慢性化し、重症の放射線直腸炎につながるというメカニズムが考えられます。

一方で、NAD⁺の前駆体であるNMNを補給することで、NAD⁺レベルが回復し、直腸の損傷が軽減されたというマウス実験の結果は、このメカニズムの正しさを強く裏付けています。NMNは、NAD⁺を増やすことで、細胞のエネルギー代謝を改善し、損傷した組織の修復能力を高める効果が期待されます。

🌱 実生活へのアドバイス:腸内環境を整えるために

この研究はまだ基礎的な段階ですが、私たちの腸内環境が放射線治療の副作用に影響を与える可能性を示唆しています。現時点では、特定の腸内細菌をターゲットとした治療法は確立されていませんが、日頃から腸内環境を良好に保つことは、全身の健康にとって非常に重要です。

以下に、腸内環境を整えるための一般的なアドバイスを挙げます。

  • バランスの取れた食事: 食物繊維が豊富な野菜、果物、全粒穀物を積極的に摂りましょう。食物繊維は腸内細菌のエサとなり、善玉菌の増殖を助けます。
  • 発酵食品の摂取: ヨーグルト、納豆、味噌、漬物などの発酵食品には、乳酸菌やビフィズス菌といった善玉菌が含まれており、腸内フローラのバランスを整えるのに役立ちます。
  • プレバイオティクスの活用: オリゴ糖や水溶性食物繊維など、善玉菌の栄養源となるプレバイオティクスを意識して摂りましょう。
  • プロバイオティクスの検討: 必要に応じて、乳酸菌やビフィズス菌を含むプロバイオティクス製剤の利用も考えられますが、必ず医師や薬剤師に相談してください。
  • ストレス管理: ストレスは腸内環境に悪影響を与えることがあります。適度な運動、十分な睡眠、リラックスできる時間を持つなど、ストレスを上手に管理しましょう。
  • 医師との相談: 放射線治療を受けている方や、放射線直腸炎の症状がある方は、自己判断で食事やサプリメントを変更せず、必ず主治医や管理栄養士に相談し、適切なアドバイスを受けてください。特にNMNなどのサプリメントについては、現時点ではヒトでの安全性や有効性が十分に確立されているわけではないため、慎重な検討が必要です。

⚠️ 研究の限界と今後の課題

この研究は、放射線直腸炎の病態解明に重要な一歩ですが、いくつかの限界と今後の課題があります。

  • 小規模な患者コホート: 対象となった患者さんの数が55名と比較的少ないため、より大規模な集団での検証が必要です。
  • 因果関係のさらなる解明: マウス実験では因果関係が示唆されましたが、ヒトにおいてもバクテロイデス菌が直接的にNAD⁺枯渇と重症化を引き起こしているのか、詳細なメカニズムの解明が求められます。
  • 特定の細菌種・株の特定: バクテロイデス目の中でも、どの特定の細菌種や株がNAD⁺枯渇に強く関与しているのかをさらに特定することで、より精密な治療ターゲットが見つかる可能性があります。
  • NMNの臨床応用: NMNが放射線直腸炎の治療に有効である可能性が示されましたが、ヒトでの安全性、最適な投与量、長期的な効果など、臨床試験による厳密な検証が不可欠です。
  • 個別化医療の実現: 患者さん一人ひとりの腸内細菌叢や代謝物の状態を考慮した、個別化された治療戦略の開発が最終的な目標となります。

🌟 まとめ:腸内細菌が拓く新たな治療の可能性

今回の研究は、放射線治療後のつらい合併症である放射線直腸炎の重症度が、腸内細菌のバランスと、それらが影響する体内の代謝物(特にNAD⁺)によって左右される可能性を強く示唆する画期的な成果です。

特に、重症の放射線直腸炎患者さんで「バクテロイデス目」の細菌が豊富であり、これらの細菌がNAD⁺を消費することで、直腸の粘膜再生能力を低下させているというメカニズムは、今後の治療法開発に大きなヒントを与えます。NAD⁺の前駆体であるNMNの補給が症状を軽減したという結果は、腸内細菌や代謝物をターゲットとした、全く新しい治療戦略の可能性を示しています。

将来的には、患者さんの腸内細菌叢を解析し、その状態に応じて、特定の腸内細菌のバランスを調整したり、NAD⁺レベルを回復させるような栄養補助物質を組み合わせたりすることで、放射線直腸炎の重症化を防ぎ、患者さんの生活の質を向上させる「個別化医療」が実現するかもしれません。この研究は、腸内細菌と私たちの健康の奥深い関係を改めて認識させるとともに、がん治療の副作用軽減に向けた希望の光となるでしょう。

🔗 関連リンク集

  • 国立がん研究センター
  • 日本消化器病学会
  • 日本放射線腫瘍学会
  • 厚生労働省
  • PubMed (英語論文データベース)

書誌情報

DOI 10.1080/19490976.2026.2641260
PMID 41807298
PubMed URL https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41807298/
発行年 2026
著者名 Huang Jiayuan, Qin Qiyuan, Li Xiangyu, Jiang Keming, Xu Jun, Mao Yudan, Kang Wanying, Gao Rongsui, Cheng Yikan, Zhao Wenjing, Ke Jia, Mou Xiangyu
著者所属 Shenzhen Key Laboratory of Systems Medicine for Inflammatory Diseases, School of Medicine, Shenzhen Campus of Sun Yat-sen University, Shenzhen, China.; Department of General Surgery (Colorectal Surgery), The Sixth Affiliated Hospital, Sun Yat-sen University, Guangzhou, China.; Scientific Research Center, The Seventh Affiliated Hospital of Sun Yat-sen University, Shenzhen, China.; Guangdong Provincial Key Laboratory of Colorectal and Pelvic Floor Diseases, The Sixth Affiliated Hospital, Sun Yat-sen University, Guangzhou, China.; Department of Radiation Oncology, The Sixth Affiliated Hospital, Sun Yat-sen University, Guangzhou, China.
雑誌名 Gut Microbes

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PMID 41359046
PubMed URL https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41359046/
発行年 2025
著者名 Dalby Katie L, Horsley Harry, Spratt David, Khasriya Rajvinder
雑誌名 International urogynecology journal
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DOI 10.1002/advs.202415982
PMID 41319282
PubMed URL https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41319282/
発行年 2026
著者名 Han Jeong-Eun, Lee Dae-Seong, Jeong Su-Won, Yun Ji-Hyun, Kang Seomin, Jang Seoyoung, Lee EunAh, Baek Ju Hye, Jeon Che Ok, Bae Jin-Woo
雑誌名 Advanced science (Weinheim, Baden-Wurttemberg, Germany)
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PMID 41577854
PubMed URL https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41577854/
発行年 2026
著者名 Anas Hitham, Mohamed Mahmmoud A A, Hassan Rasha I M, Gomaa Walaa M S, Mustafa Fatma El-Zahraa A
雑誌名 Scientific reports
  • がん・腫瘍学
  • メンタルヘルス
  • 免疫療法
  • 医療AI
  • 呼吸器疾患
  • 幹細胞・再生医療
  • 循環器・心臓病
  • 感染症全般
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