コロナ禍で運動する人、しない人、その違いは?~動機、感情、ストレスが運動に与える影響~
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、私たちの生活に大きな変化をもたらしました。外出自粛やリモートワークの普及により、運動習慣が変化した人も少なくないでしょう。ストレスが増えたり、不安を感じやすくなったりする中で、「運動しよう」という気持ちを維持するのは容易なことではありませんでした。
では、このような状況下で、運動を続けられた人とそうでない人には、どのような違いがあったのでしょうか?今回の記事では、コロナ禍における運動行動に影響を与える要因を、動機、感情、ストレスという観点から分析した研究をご紹介します。この研究は、私たちが困難な状況下でも運動習慣を維持し、健康を保つためのヒントを与えてくれます。
🤔 コロナ禍での運動、何がカギだった?~研究の背景~
パンデミックは、私たちの社会に未曾有の危機をもたらし、多くの人々の日常生活に大きな影響を与えました。特に、外出制限やジムの閉鎖、在宅勤務の増加などは、身体活動の機会を減少させ、運動習慣に変化をもたらしたと考えられます。一方で、健康への意識が高まり、免疫力向上やストレス解消のために運動を始めた人もいるかもしれません。
このような状況下で、人々がどのように運動行動を決定し、維持していたのかを理解することは、公衆衛生の観点からも非常に重要です。この研究では、単に「運動したかどうか」だけでなく、その背後にある「なぜ運動するのか(動機)」「どんな気持ちでいるのか(感情)」「ストレスにどう対処しているのか(ストレス関連要因)」といった心理的な側面に着目し、これらが運動行動とどのように関連しているのかを明らかにしようとしました。
特に、パンデミックという特殊な状況では、不安やストレスが増大し、日常生活のルーティンが崩れる中で、運動の動機付けや継続がより複雑になることが予想されます。本研究は、これらの複雑な要因がどのように絡み合い、最終的に運動行動に結びつくのかを包括的に探ることを目的としています。
🔬 どんな方法で調べたの?~研究の概要~
この研究では、コロナ禍の真っただ中、つまり人々が強いストレスを感じ、日常生活が大きく乱されていた時期にデータを収集しました。具体的には、283名の参加者を対象に、アンケート調査を実施しています。アンケートでは、以下のような項目について尋ねました。
- 運動参加の目標: なぜ運動するのか(例:健康のため、見た目のため、ストレス解消のためなど)
- 行動調整スタイル: どのような理由で運動を続けているのか(例:楽しいから、やらなきゃいけないから、など)
- 感情状態: ポジティブな感情(喜び、満足など)やネガティブな感情(不安、イライラなど)の程度
- ストレス関連要因: ストレスの感じ方や、ストレスにどう対処しているか
- 運動行動: 実際にどのくらい運動しているか
これらのデータを用いて、「構造方程式モデリング」という統計分析手法が用いられました。これは、複数の変数(今回の場合は運動目標、感情、ストレスなど)が互いにどのように影響し合っているか、その複雑な関係性を明らかにするための高度な分析方法です。
この分析を通じて、研究者たちは、運動目標が感情やストレスに影響を与え、それがさらに運動行動に結びつくのか、あるいは感情やストレスが直接運動行動に影響を与えるのか、といった因果関係のモデルを検証しました。
専門用語の簡易注釈
- 構造方程式モデリング (Structural Equation Modeling: SEM)
- 複数の変数間の複雑な因果関係を統計的に分析する手法。直接的な関係だけでなく、間接的な関係(媒介効果など)も同時に検証できます。
- 行動調整 (Behavioral Regulation)
- 行動をどのようにコントロールしているかを示すスタイル。自己決定理論という心理学の理論に基づいて、動機付けの質を分類します。
- 内発的調整 (Intrinsic Regulation)
- 行動そのものが楽しい、興味がある、満足感があるといった、内的な理由による動機付け。「運動が好きだからする」という状態です。
- 取り入れ的調整 (Introjected Regulation)
- 「~すべきだ」「~しないと罪悪感がある」「人からどう見られるか気になる」といった、外からのプレッシャーや自己評価を気にする動機付け。完全に自律的ではないが、ある程度は自分の中で受け入れている状態です。
- 無動機 (Amotivation)
- 行動する意欲や理由が全くない状態。運動することに何の価値も見出せず、やる気が出ない状態を指します。
- 感情状態 (Affective States)
- ポジティブな感情(喜び、満足、興奮など)やネガティブな感情(不安、イライラ、悲しみなど)といった、その時に感じている気分や情動のこと。
- 媒介効果 (Mediating Effects)
- ある変数(例:運動目標)が別の変数(例:運動行動)に影響を与える際に、その間に別の変数(例:内発的調整)が介在し、最初の変数の影響を説明する役割を果たすこと。AがBを介してCに影響を与える、という関係です。
💡 運動行動に影響を与える要因は?~主な研究結果~
この研究で明らかになった主な結果は、以下の表にまとめることができます。様々な要因が複雑に絡み合い、私たちの運動行動に影響を与えていることが分かります。
| 要因の種類 | 具体的な発見 | 運動行動への影響 |
|---|---|---|
| 運動参加目標 | 身体的な目標(健康維持、体力向上など)と心理的な目標(ストレス解消、気分転換など)の両方が、運動行動と有意に関連していました。 | 目標が明確であるほど、運動する可能性が高まります。 |
| 行動調整スタイル | 内発的調整(運動そのものが楽しい、好きだからやる)は、運動行動と強く関連していました。 | 自らの意思で「やりたい」という気持ちが、運動継続の大きな原動力となります。 |
| 取り入れ的調整(~すべきだ、やらないと罪悪感がある)も、運動行動と関連していました。 | 「やらなければ」という義務感も、ある程度は運動を促す要因となりますが、内発的調整ほど持続的ではない可能性があります。 | |
| 無動機(やる気がない、理由が見つからない)は、運動行動と負の関連がありました。 | 運動への意欲が低いと、当然ながら運動する可能性は低くなります。 | |
| 感情状態 | 負の感情(不安、イライラなど)は、運動行動と有意に関連していました。 | 負の感情を抱えていると、運動行動が減少する傾向が見られました。 |
| 正の感情(喜び、満足など)も、運動行動と関連していました。 | ポジティブな感情は、運動行動を促進する可能性があります。 | |
| ストレス関連要因 | ストレス対処能力(ストレスにうまく対処できる力)は、運動行動と有意に関連していました。 | ストレスにうまく対処できる人ほど、運動を継続しやすい傾向にありました。 |
| 媒介効果(複雑な関係性) | 運動目標と運動行動の関係において、無動機、取り入れ的調整、内発的調整が媒介していました。 | 目標設定が、これらの動機付けの質を通じて、最終的な運動行動に影響を与えていることを示します。例えば、「健康になりたい」という目標が「運動が楽しい」という気持ち(内発的調整)を高め、それが運動につながる、といった具合です。 |
| 感情状態(正・負の感情)やストレス対処能力が運動行動に与える影響は、運動参加目標によって媒介されていました。 | 例えば、ストレスを感じやすい人が「ストレス解消のために運動する」という目標を持つことで、そのストレスが運動行動につながる、といった関係性です。感情やストレスが直接運動に影響するだけでなく、それらが「運動目標」というフィルターを通して運動行動に結びつくことが示唆されました。 |
🧐 結果から何がわかる?~考察~
この研究結果は、コロナ禍のような特殊な状況下で、私たちがなぜ運動するのか、あるいはしないのかについて、非常に重要な洞察を与えてくれます。
「なぜ運動するのか」という目標の重要性
まず、身体的な目標(健康維持、ダイエットなど)だけでなく、心理的な目標(ストレス解消、気分転換、リフレッシュなど)も運動行動を強く予測することが示されました。これは、特にパンデミック下で精神的な健康が脅かされやすい状況において、運動が単なる身体活動以上の意味を持つことを示唆しています。「体を動かして気分転換したい」という心理的なニーズが、運動への強力な動機付けになり得るのです。
「やりたいからやる」内発的動機の力
行動調整スタイルでは、「運動そのものが楽しい」「好きだからやる」という内発的調整が、運動行動と最も強く関連していました。これは、運動を継続するためには、外からの強制や義務感よりも、自分自身の内側から湧き出る「楽しさ」や「興味」が非常に重要であることを意味します。一方で、「~すべきだ」という取り入れ的調整も運動を促しますが、内発的な動機付けに比べると、持続性や満足感の点で劣る可能性があります。
感情とストレスへの対処が運動を左右する
負の感情やストレス対処能力も、運動行動に影響を与える重要な要因であることが分かりました。不安やイライラといったネガティブな感情を抱えていると、運動から遠ざかりやすくなる傾向があります。しかし、ストレスにうまく対処できる人は、困難な状況でも運動を継続しやすいことが示されました。これは、運動がストレス解消の手段として機能するだけでなく、ストレスに強い心が運動習慣を支える土台となることを示唆しています。
複雑に絡み合う要因
さらに興味深いのは、これらの要因が単独で運動に影響するのではなく、互いに複雑に絡み合っている「媒介効果」が明らかになった点です。例えば、「健康になりたい」という目標が、運動への楽しさ(内発的調整)を高め、それが運動行動につながる、といった具合です。また、ストレスを感じやすい人が「ストレス解消のために運動する」という目標を持つことで、そのストレスが運動行動につながる可能性も示されました。これは、感情やストレスを運動への「きっかけ」や「目標」として捉えることで、運動習慣を形成できる可能性を示唆しています。
これらの結果は、パンデミックのような公衆衛生危機において、運動促進プログラムを設計する際に、単に運動方法を教えるだけでなく、人々の動機付け、感情、ストレス対処能力といった心理的側面にも焦点を当てることの重要性を強調しています。
🏃♀️ 日常生活に活かすヒント~今日からできる運動習慣の作り方~
この研究結果を踏まえると、コロナ禍のような困難な状況でも運動習慣を維持・形成するために、私たちの日々の生活で実践できるヒントがいくつか見えてきます。
- 目標を明確にする(身体的・心理的両面で):
- 「健康のため」「ダイエットのため」といった身体的な目標だけでなく、「ストレス解消」「気分転換」「リフレッシュ」といった心理的な目標も大切にしましょう。
- 特に、精神的に疲れている時は、心理的な目標を前面に出すことで、運動へのハードルが下がるかもしれません。
- 「楽しい」と感じる運動を見つける(内発的動機付けの強化):
- 義務感で運動するのではなく、心から「楽しい」「気持ちいい」と感じられる活動を探しましょう。
- ウォーキング、ヨガ、ダンス、サイクリング、自宅でのエクササイズ動画など、様々な選択肢の中から自分に合ったものを見つけることが重要です。
- 新しい運動に挑戦するのも良いでしょう。
- ストレスと感情に意識を向ける:
- ストレスを感じたり、ネガティブな感情に囚われたりしている時は、無理に運動しようとせず、まずはその感情を受け止めることから始めましょう。
- 「運動でストレスを解消する」という目標を持つことで、ネガティブな感情を運動への原動力に変えることができるかもしれません。
- 運動が難しい場合は、深呼吸や瞑想など、短い時間でできるリラックス法を取り入れるのも有効です。
- 小さな成功体験を積み重ねる:
- 最初から高い目標を設定するのではなく、まずは「1日10分歩く」「週に2回ストレッチをする」など、達成しやすい小さな目標から始めましょう。
- 目標を達成するたびに、自分を褒めることで、モチベーションを維持しやすくなります。
- 運動をルーティンに組み込む:
- 毎日同じ時間に運動するなど、生活の中に運動を組み込むことで、習慣化しやすくなります。
- 家族や友人と一緒に運動する、オンラインでグループエクササイズに参加するなど、社会的なつながりを利用するのも良い方法です。
⚠️ この研究の限界と今後の課題
本研究は、コロナ禍における運動行動の理解に貴重な知見をもたらしましたが、いくつかの限界も存在します。
- 対象者の偏り: 調査対象となった283名の参加者は、特定の属性に偏りがある可能性があります。そのため、この結果が全ての年代や社会経済的背景を持つ人々に当てはまるとは限りません。
- 自己申告データ: 運動行動や感情、ストレスなどは、参加者自身の自己申告に基づいて収集されています。自己申告には、記憶の曖昧さや社会的に望ましい回答をしてしまう傾向(社会的望ましさバイアス)が含まれる可能性があります。
- 横断研究であること: この研究は、ある一時点でのデータを収集した「横断研究」です。そのため、要因間の因果関係を明確に断定することは難しく、長期的な変化を追跡する「縦断研究」が今後の課題となります。
- パンデミックという特殊な状況: コロナ禍という特殊な状況下でのデータであるため、パンデミックが収束した後の通常時にも同様の関連性が見られるかは、さらなる検証が必要です。
これらの限界を踏まえ、今後はより多様な人々を対象とした大規模な調査や、長期的な視点での研究、客観的な運動量の測定などを組み合わせることで、運動行動のメカニズムをさらに深く理解し、より効果的な運動促進策の開発につなげていくことが期待されます。
✅ まとめ
今回の研究は、コロナ禍という困難な状況下で、私たちの運動行動が単一の要因ではなく、運動目標、動機付けの質、感情状態、そしてストレス対処能力といった多様な心理的要因の複雑な相互作用によって形作られていることを明らかにしました。
特に、「なぜ運動するのか」という目標設定、そして「運動が楽しい」という内発的な動機付けが、運動継続の鍵となることが強調されています。また、ネガティブな感情やストレスにどう向き合うかが、運動行動に大きな影響を与えることも示されました。
これらの知見は、公衆衛生の危機だけでなく、日常的な健康増進においても非常に重要です。運動を習慣化するためには、単に「運動しなさい」と促すだけでなく、一人ひとりの目標や感情、ストレス状況に合わせたアプローチが求められます。この研究が、私たちがより健康的で活動的な生活を送るためのヒントとなれば幸いです。
関連リンク集
書誌情報
| DOI | 10.1186/s40359-026-04693-1 |
|---|---|
| PMID | 42106892 |
| PubMed URL | https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42106892/ |
| 発行年 | 2026 |
| 著者名 | Aydin Asli Elif |
| 著者所属 | Faculty of Business, Istanbul Bilgi University, Istanbul, Türkiye. aslielif.aydin@bilgi.edu.tr. |
| 雑誌名 | BMC Psychol |