食事記録の「ずれ」に潜む真実:ラオス青少年の研究から学ぶ、私たちの食生活を見つめ直すヒント
私たちの健康を維持し、病気を予防するためには、日々の食生活を正確に把握することが非常に重要です。しかし、実際に自分が何をどれくらい食べているのかを正確に記録することは、想像以上に難しいものです。特に、自己申告による食事記録では、実際の摂取量と記録された内容との間に「ずれ」が生じることが少なくありません。
この「ずれ」は、栄養状態の評価や、食事が健康に与える影響を研究する上で大きな課題となります。特に、低・中所得国においては、このような自己申告の食事記録における誤差に関する研究が限られていました。今回ご紹介する研究は、ラオスの青少年を対象に、食事記録におけるエネルギー摂取量の過少申告の実態とその要因を明らかにした貴重なものです。
🍽️ 食事記録の「ずれ」とは?なぜ正確な情報が必要なの?
食事記録は、個人や集団の栄養状態を評価し、生活習慣病などの健康問題との関連を調べる上で不可欠なデータを提供します。例えば、ある食品群の摂取量が多いと特定の病気のリスクが高まる、といった知見は、正確な食事記録データに基づいて導き出されます。
しかし、私たちが「食べたもの」を記録する際、意図的あるいは無意識のうちに、実際の摂取量と異なる内容を報告してしまうことがあります。これを「食事記録の誤報(misreporting)」と呼び、主に「過少申告(underreporting)」と「過大申告(overreporting)」の2種類があります。
- 過少申告(Underreporting):実際よりも少ないエネルギー摂取量や特定の食品の摂取量を報告すること。ダイエット中や、健康的な食生活を送っていると見られたいという心理が働く場合に起こりやすいとされます。
- 過大申告(Overreporting):実際よりも多いエネルギー摂取量や特定の食品の摂取量を報告すること。これは比較的稀ですが、健康に良いとされる食品を多めに報告するなどのケースが考えられます。
特に過少申告は、肥満や生活習慣病のリスクが高い集団で多く見られる傾向があり、栄養指導や公衆衛生政策を立案する上で、実際の食習慣を過小評価してしまうリスクがあります。そのため、食事記録の「ずれ」の実態を把握し、その要因を理解することは、より効果的な栄養改善策を講じるために極めて重要なのです。
🔎 ラオス青少年の食事記録研究:どんな調査だった?
研究の背景と目的
低・中所得国では、栄養不良と肥満の両方が問題となる「栄養の二重負荷」に直面している国が多く、ラオスも例外ではありません。青少年の時期の食習慣は、その後の健康に大きく影響するため、彼らの食生活を正確に把握することは、将来の健康課題を解決する上で非常に重要です。
しかし、これらの国々では、食事記録の誤報に関する研究が不足していました。本研究は、ラオス人民民主共和国(ラオスPDR)の青少年を対象に、エネルギー摂取量の過少申告の実態と、それに影響を与える要因を明らかにすることを目的としました。
調査方法
この研究は、2019年3月から4月にかけて、ラオスの首都ビエンチャン県の中学校に通う10歳から18歳までの青少年405名を対象に行われました。調査は、過去に収集されたデータを用いた二次分析という形で行われました。
- 対象者:10歳から18歳の中学生405名。
- 調査期間:2019年3月~4月。
- 調査方法:参加者自身が7日間の食事記録を記入する「7日間推定食事記録法」が用いられました。これは、食べたものの種類、量、調理法などを詳細に記録してもらう方法です。
- 過少申告の判定:記録されたエネルギー摂取量が、その個人の基礎代謝量と比較して統計的にありえないほど低い場合に「過少申告」と判定する「Goldberg cut-off method(ゴールドバーグ・カットオフ法)」が用いられました。
(簡易注釈:ゴールドバーグ・カットオフ法とは、個人の基礎代謝量と報告されたエネルギー摂取量を比較し、統計的にありえないほど低い摂取量を報告している場合に「過少申告」と判定する方法です。) - 要因分析:過少申告と関連する要因(年齢、性別、BMI、間食回数など)を特定するために、「多変量ロジスティック回帰分析」という統計手法が用いられました。
(簡易注釈:多変量ロジスティック回帰分析とは、複数の要因が特定の事象(この場合は過少申告)の発生確率にどのように影響するかを分析する統計手法です。) - 食品群ごとの比較:過少申告者と正確な報告者(plausible reporters)の間で、各食品群からのエネルギー摂取量の割合に違いがあるかを比較するために、「Mann-Whitney U-test(マン・ホイットニーのU検定)」が用いられました。
(簡易注釈:マン・ホイットニーのU検定とは、2つの独立したグループの順位の差を比較する非パラメトリックな統計手法で、データが正規分布に従わない場合によく用いられます。)
📊 驚きの結果!ラオス青少年における食事記録の「ずれ」の実態
主要な発見
この研究から、ラオスの青少年における食事記録の過少申告が非常に高い割合で存在することが明らかになりました。また、過少申告には特定の要因が関連していることも示されました。
- 過少申告の割合:参加者の約61.2%がエネルギー摂取量を過少申告していました。これは、およそ3人に2人が実際の食事量を少なく報告していたことになります。
- 過大申告の割合:過大申告は非常に稀で、わずか0.3%でした。
- 年齢との関連:年長の青少年(15~18歳)は、年少の青少年(10~14歳)に比べて、過少申告者と分類される可能性が50%低いことが分かりました。これは、年齢が高いほど、より正確に食事を記録する傾向があることを示唆しています。
- BMIとの関連:BMI(体格指数)が高いほど、過少申告の可能性が高まることが示されました。BMIが1単位増加するごとに、過少申告の可能性が9%高くなりました。
- 間食回数との関連:食事の間の間食を多く報告する人ほど、過少申告の可能性が低いことが分かりました。間食の報告回数が1回増えるごとに、過少申告の可能性が19%低くなりました。
- 記録期間中の変化:7日間の記録期間中、過少申告の割合は増加する傾向が見られました。1日目には51.4%だった過少申告の割合が、7日目には65.9%にまで上昇していました。
主要結果のまとめ
以下の表に、本研究の主要な結果をまとめました。
| 項目 | 結果 | 補足説明 |
|---|---|---|
| 過少申告の割合 | 61.2% | 参加者の約3分の2がエネルギー摂取量を過少申告 |
| 過大申告の割合 | 0.3% | 非常に稀なケース |
| 年齢(15-18歳 vs 10-14歳) | 過少申告の可能性が50%低い (調整オッズ比 [AOR] = 0.54, 95%信頼区間: 0.34-0.88) |
年長者の方がより正確に記録する傾向 |
| BMI(1単位増加ごと) | 過少申告の可能性が9%高い (AOR = 1.09, 95%信頼区間: 1.01-1.18) |
BMIが高いほど過少申告しやすい |
| 間食回数(1回増加ごと) | 過少申告の可能性が19%低い (AOR = 0.81, 95%信頼区間: 0.76-0.86) |
間食を多く報告する人ほど正確に記録する傾向 |
| 記録期間中の変化 | 1日目51.4% → 7日目65.9% | 記録期間が長くなるほど過少申告が増加 |
🧐 なぜ「ずれ」が生じるのか?研究からの考察
ラオスの青少年において、これほど高い割合で過少申告が見られたのはなぜでしょうか。研究者たちは、いくつかの要因を考察しています。
- 自己申告の難しさ:食事記録は、食べたものの種類、量、調理法などを正確に思い出し、記録するという、非常に手間のかかる作業です。特に青少年は、記録の重要性を理解し、継続的に取り組むモチベーションを維持するのが難しい場合があります。
- 社会的な望ましさバイアス:人々は、社会的に「望ましい」とされる行動を報告する傾向があります。例えば、健康的な食事をしていると見られたい、あるいは食べ過ぎていると思われたくないという心理が働き、実際の摂取量よりも少なく報告してしまうことがあります。BMIが高い人ほど過少申告の可能性が高いという結果は、このバイアスの影響を示唆していると考えられます。
- 記録の負担と疲労:7日間の記録期間中に過少申告が増加したという結果は、記録作業への疲労やモチベーションの低下が影響している可能性を示しています。記録が長期間にわたると、細部まで正確に記録することが難しくなるのかもしれません。
- 年齢による違い:年長の青少年の方が過少申告が少ないという結果は、年齢が上がるにつれて記録の重要性をより深く理解し、責任感を持って取り組むことができるようになるためと考えられます。また、記録スキルや自己管理能力の向上も関係しているかもしれません。
- 間食の記録と意識:間食を多く報告する人ほど過少申告が少ないという結果は興味深い点です。これは、間食のような「小さな食事」まで意識して記録できる人は、全体的に食事記録に対する意識が高く、より正確に記録しようと努めている可能性を示唆しています。
これらの考察は、食事記録の精度を高めるためには、単に記録方法を教えるだけでなく、記録者の心理的側面やモチベーション、記録への負担を考慮する必要があることを示唆しています。
💡 私たちの食生活に活かす!食事記録をより正確にするヒント
この研究結果はラオスの青少年を対象としたものですが、食事記録における「ずれ」は、私たち自身の食生活を振り返る上でも重要な示唆を与えてくれます。より正確に自分の食生活を把握し、健康管理に役立てるためのヒントをいくつかご紹介します。
実生活へのアドバイス
- 完璧を目指さない:最初から完璧な記録を目指すと、途中で挫折しやすくなります。まずは、食べたものを「ざっくり」でも良いので記録する習慣をつけることから始めてみましょう。
- 記録のタイミングを工夫する:食べた直後や、忘れないうちに記録することが重要です。食事のたびにスマートフォンアプリやメモ帳に記録するなど、自分に合ったタイミングを見つけましょう。
- 間食も忘れずに記録する:間食は「ちょっとしたもの」と思いがちですが、積み重なるとかなりのエネルギー量になります。小さなスナックや飲み物なども意識して記録することで、全体的な摂取量をより正確に把握できます。
- 記録方法を工夫する:手書きのノートだけでなく、写真で食事を記録する、専用のスマートフォンアプリを利用する、家族や友人と協力して記録するなど、楽しく続けられる方法を探してみましょう。
- 記録の目的を明確にする:「なぜ食事を記録するのか」という目的意識を持つことで、モチベーションを維持しやすくなります。例えば、「体重を管理するため」「栄養バランスを見直すため」など、具体的な目標を設定しましょう。
- 専門家のアドバイスを活用する:もし、自分の食生活について不安がある場合や、より正確な記録方法を知りたい場合は、管理栄養士や医師などの専門家に相談してみましょう。客観的な視点からのアドバイスは、食生活改善の大きな助けとなります。
⚠️ この研究の限界と今後の課題
本研究は、ラオスの青少年における食事記録の誤報に関する貴重な知見を提供しましたが、いくつかの限界も存在します。
- 横断研究であること:この研究は特定の時点でのデータを分析した「横断研究」であるため、過少申告と要因との間に因果関係があるとは断定できません。例えば、BMIが高いから過少申告するのか、過少申告する傾向があるからBMIが高くなるのか、といった点は、この研究だけでは分かりません。
- 自己申告の食事記録の限界:自己申告による食事記録は、本研究が示したように、どうしても誤差が生じやすいという根本的な限界があります。客観的な摂取量を完全に把握することは困難です。
- Goldberg cut-off methodの限界:過少申告を判定するために用いられたゴールドバーグ・カットオフ法も、完璧な方法ではありません。個人の代謝率にはばらつきがあるため、この方法で「過少申告」と判定された人が、必ずしも実際に過少申告しているとは限りません。
- 対象地域の限定性:この研究はラオスの特定の地域(ビエンチャン県)の青少年を対象としており、その結果がラオス全国の青少年や他の国の集団にそのまま当てはまるとは限りません。文化や社会経済的背景によって、食事記録の傾向は異なる可能性があります。
これらの限界を踏まえ、今後の研究では、より客観的な食事評価方法の導入や、テクノロジーを活用したツールの開発・検証が求められます。特に、スマートフォンアプリやウェアラブルデバイスなど、青少年にとって使いやすく、記録の負担を軽減できるようなツールの開発は、正確な食事記録データを収集する上で非常に有効であると考えられます。また、ラオスの文化や食習慣に合わせたツールの開発と検証も重要です。
まとめ
ラオスの青少年を対象としたこの研究は、7日間の推定食事記録法を用いた場合、エネルギー摂取量の過少申告が非常に高い割合で存在することを明らかにしました。特に、BMIが高い青少年や、記録期間が長くなるにつれて過少申告が増加する傾向が見られました。この結果は、自己申告による食事記録の難しさと、その精度を向上させるための工夫の必要性を強く示唆しています。
正確な食事記録は、個人の健康管理だけでなく、国の栄養政策や公衆衛生戦略を策定する上でも不可欠な情報源です。本研究が提起した課題を乗り越え、より信頼性の高い食事データを収集するための新しいツールや方法論の開発が、今後の栄養改善に向けた重要なステップとなるでしょう。私たち一人ひとりも、この研究から得られた知見を活かし、自身の食生活をより意識的に見つめ直すきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
関連リンク集
書誌情報
| DOI | 10.1186/s40795-026-01416-y |
|---|---|
| PMID | 42410484 |
| PubMed URL | https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42410484/ |
| 発行年 | 2026 |
| 著者名 | Kounnavong Thidatheb, Moji Kazuhiko, Sato Miho, Turner Christopher, Vonglokham Manithong, Ferguson Elaine |
| 著者所属 | School of Tropical Medicine and Global Health, Nagasaki University, 1 Chome-12-4 Sakamoto, Nagasaki, 852-8102, Japan. thidatheb.kounnavong@nagasaki-u.ac.jp.; School of Tropical Medicine and Global Health, Nagasaki University, 1 Chome-12-4 Sakamoto, Nagasaki, 852-8102, Japan. moji.k273@gmail.com.; School of Tropical Medicine and Global Health, Nagasaki University, 1 Chome-12-4 Sakamoto, Nagasaki, 852-8102, Japan.; Food and Markets Department, Natural Resources Institute, University of Greenwich, London, UK.; Department of Health Policy and Health System Research, Lao Tropical and Public Health Institute, Vientiane, Lao People's Democratic Republic.; Department of Population Health, London School of Hygiene and Tropical Medicine, London, UK. |
| 雑誌名 | BMC Nutr |